レクチャーアニメ「ドラえもんアニメをつくることが僕の夢だった」
20日は杉並アニメーションミュージアムで行われたレクチャーアニメ「ドラえもんアニメをつくることが僕の夢だった」に行ってきた。渡辺歩監督と鈴木伸一館長といえば、新旧映画『パーマン』監督という繋がり。『パーマン』の話も聞けるだろうと期待しての参加だった。
内容については以下のブログが詳しいので紹介したい。
『真・南海大決戦』 「ドラえもんアニメをつくることが僕の夢だった」へ行く、の巻。
杉並アニメーションミュージアム スタッフ日誌
以下、私視点の補足。
やはり『パーマン』の話題は出た。ミツ夫のキャラクターに共感するとか、コピーロボットの発想はすごいとか。鈴木館長は、藤子スタジオの隣に事務所があった(市川ビル時代)ので、藤子作品の代筆をよくしていたが、タッチが似ないので藤本先生のアドバイスを受けたという話をしていた。シンエイ『パーマン』でも小学二年生で代筆をしている。
アニメの話があまりでなかったのが残念だが、やはり渡辺監督は『パーマン』が好きなのだと再確認できた。
また、渡辺監督が芝山監督に『海底鬼岩城』のリメイクを宿題として出されているというのが面白かった。
後半の質疑応答コーナーで、私は「『緑の巨人伝』に出てきたじょうろの女の子を出した意味は?彼女にはモデルはいるのか」という質問をした。
じょうろの女の子は、実際に監督が見た光景が元になっている。町で双葉に水をあげる幼児を見た監督は、こんな小さな子供でも緑をいたわっていることに感動し、キー坊が自力で外に出てふれ合った存在として映画に登場させたのだという。
私が映画を見た時、疑問に思った一つが、何故キー坊が心を閉ざすきっかけとして既存キャラクターを使わなかったのかということだったのだが、理由が分かってスッキリした。
また、今回道具をあまり使わなかったことについて、「植物星との戦いを道具で簡単に片付けたくなかったので使わせなかったが、今になってみるともう少しうまくやれたのではないかと思っている」と語っていた。個人的には、ドラミが道具を持って帰る際、残す予定の袋だけ間違えて持って帰ってもらい、使いづらい道具だけでストーリーを進めても良かったのではないかと思っていたが、もしかしたらそういう展開になっていたのかも知れない。
作画については時間のなさを理由に挙げていたので、DVD発売の際に修正が入ることを期待している。
PS.「マイメロすっきり」で久々に岸間信明の名前を見て安心する。アニマックスなので、実際の放送は半年前だが。
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